[戻る] 平成21年6月18日「平成22年4月より所沢保健所は狭山に引っ越します」という議案について 県議として考え判断したこと 「所沢保健所を狭山市に、越谷保健所を草加市に、来年4月にはそれぞれ移転したい。また11ある分室も廃止したい。」この2月県議会でそういう趣旨の議案が出されました。悩んだけれど、私はそれを了承しました。地元の議員としては苦しい決断でした。食品関係者など一部市民以外には、保健所は市民にとってよく行く、身近な機関、ではないのかもしれません。また、保健所の一部機能はもう所沢市で担ってもいます。しかし、それでも、今まで有ったものが無くなる、だけでも嫌なことですし、それが、所沢は農村型保健所発祥の市(今の所沢駅東口)なのだから、と言われてしまうと今もやっぱり悩みます。 しかし、反対して建て替えさせることよりも、それが結局は市民のためにもなるのだ、と考え、私は、議案を了承しました。それを了承(賛成)したのは自民党、民主党、公明党、社民党に無所属(90人)。反対したのは共産党(2人)だけでした。 「所沢から移転しないで!県の案を見直して!!」 そういう意見書が県議会が終わる直前の3月23日、所沢市議会で議決されました。その後、当麻市長からも決定を見直して欲しい旨の文書が再び県に送られてきました。それはそれで仕方がないことだと思います。というのも所沢市は市のことだけを考える立場なのですから。それに「所沢市は良いとは思っていないのだ」と態度を示しておく必要もあるから、です。それでも27日、県議会最終日。私は議案に賛成したのでした。その理由は主に次の4つに拠りました。 1、限られた税金をどのように使うかの問題 所沢保健所は昭和39年に作られた古い古い建物であります。地震が来たらひとたまりもありません。ゆえに、もう建替えが必要な時期が来ているのです。建替えるとなるとそれはやはり10数億円、いや20億円を上回るかも? とにかく莫大な税金を使わなければなりません。(※1参照)しかし、近くに空いたままの昭和62年築の狭山保健所、3年前に統廃合で分室になった狭山保健所がしっかりとした建物で既に存在しているのでした。ここに引っ越して、少しの改修で済ませれば、節約したお金は福祉でも環境でも景気対策でも、とにかく他に必要なところに回すこともできるのです。「いやいや所沢だけのことを考えれば、この際県のお金で建てさせちゃったほうがよいのだ。市の金じゃなく県の金なんだから、節約なんて考えないで所沢に金を落とせば得なんだ。」そういう意見もあろうと思います。しかし、県民税も市民税も元をたどれば市民のお金。市民から課税所得の1割を地方税としていただき、それを県4:市6で配分しているのが現状です。だから、県のお金であろうとも、無駄をなくし有効に活用する視点を省いてはならない、と思うのです。しかも、それなりの建設費がかかるなら県債発行となるのであって、つまり借金して後世に負担を強いることになるのです。税金の無駄遣い1円たりとも・・・が自民でも民主でも決まり文句の財政厳しき昨今、税金の使い方として自分はやはり「建てかえるより引越しで済ます=その分を福祉や環境や景気対策や教育の、もっと必要なものに活かす」方がベターなのだと判断しました。 (イヤ、景気対策ノ為ニ保健所ヲ新築スルノダ!!というのなら話は別ですが…) ※1、ちなみに中核市の川越市は、川越保健所を造るのに18億円くらいかかったそうです。それに準じた金額が「建て替え」には必要なのだと思われます。所沢保健所の場合、解体をしますし、仮保健所を設置した上で新保健所を建設しなければなりませんので20億円くらいはかかるのかも知れません。一方、狭山保健所に引っ越す場合、改修費用は4200万円くらいで済む予定です。 その差は他の必要な事業に充てることができます。 2、保健所の地域割りの問題 2年ほど前、県の総合計画『ゆとりとチャンスの埼玉プラン』という5カ年計画を審議したとき、県内の地域割りに対し県議会は注文をつけました。 「さいたま市は、政令指定都市としてもう独立しているのに(面倒みなくたってよいのに)浦和、大宮のあったころの地域割のままなのは中央地区びいき過ぎる。政令市のことはもう(考えなくて)いいんだから、現実に合うように地域割をし直すべきだ。」 県はそれを受けて行政地域割を見直しましたが、合わせて保健所の管轄も見直したようなのです。その結果、所沢保健所管轄も所沢、狭山、入間、富士見、ふじみ野の5市と、三芳町(所沢保健所中心に狭山、富士見に分室を置く)だったのが、所沢、狭山、入間、に飯能、日高が加わった5市になったのでした。今まで一緒だった富士見、ふじみ野、三芳町は朝霞保健所管轄に移りました。 厳しい県財政のなか、保健所でも交番でも、統廃合して拠点化して、1箇所の人数は増やして何かあったら職員を出動させる、のが、このところの県の方針です。(変遷については※2参照)そういう大きな流れの中での管轄地域見直しなのですが、それを考えると、集約するなら地理的に中心にある狭山保健所を本部にしたほうが公平で理屈にもあっている、という県の見解も、反対はできない、と思われました。また、今回の条例改正で泣くのは所沢市民だけではない、ということも、自分を「真っ向反対」から躊躇させた要因でした。他にも人口34万の越谷保健所が草加へ、そして戸田・蕨、富士見など11箇所の分室も廃止されるのです。 3、所沢市はそもそも中核市になる権利を有している、という問題。 中核市とは政令市より一つ格下の、しかし、独立性の高い市のことです。人口30万人以上の市は中核市になる権利があり、近隣では川越市、船橋市、柏市、横須賀市などがそれです。中核市になると福祉、保健医療関係などの諸権限が県から委譲され、保育園や特別養護老人ホームなどの社会福祉施設の設置許可や産業廃棄物施設の許可権なども与えられ、保健所も自ら運営しなければなりません。また、国では、学校の先生の採用権限もこの際、与えようと検討中です。ですが、権限が増えればそれなりのお金も必要で、国から交付税としてその分のお金をもらえることにはなっていても、不交付団体(自分のことは自分でできるだけの財源をもっていると判断された自治体)にはお金が来ない。時々不交付団体になる所沢市としては、そんな危険を冒すより中核市になどならないで県になるべくおんぶしておいた方がよい、「現に今は所沢に保健所があるのだから、そのままでいよう。」ということになるのであります。市としては当然の判断だと自分も思います。そしてだからこそ市長からは、「保健所発祥の地でもあるんだから県が県のお金を使って所沢の保健所を建て直して! そしてこれからも県が運営して!」という願いになるのです。 しかし、税の有効活用(建替えするより引越しのほうがお金をかけないで済む)と公平性(管轄地域の中心を避けても、中核市たるべき所沢市の便宜のために、この件について県のお金を出すべきなのか、)を考える埼玉県としては「それなら所沢市は、自分で作ってください。」ということになってしまうのです。事実そういう交渉も、この一件で県は市に対して行ってきたようです。「自分で持つなら職員採用のことなど相談に乗ります」と。(なお、所沢市は特例市(中核市の一歩手前の市)にはなっていて、県保健所が担う狂犬病予防など、一部仕事は既に所沢市でやっています。今回の新型インフルエンザの電話相談も所沢市自身で窓口を開き、行っています。所沢市は、そして市の保健センターはそれなりの機能を持つ機関なのです。) 以上大きく3つの理由が主に埼玉県の主張でもありましたが、私は所沢選出に議員ですし、いくつかの団体の顧問をさせていただいているので、それですんなり賛成するわけにはいきません。既存の食品関係団体他が不便にならないよう、県には要請して参りました。その担保が取れたから、でもあるのですが・・・。すなわち、 4,保健所を利用している市民他になるべく不便をかけないようにする課題 〇食品を扱う事業者、団体の皆さんや給食食材を扱う業者の皆さんは ・団体の事務局を新しい保健所にもそのまま置いてよいようにして欲しい。 ・年2度の検便(給食関係は毎月)や免許更新などを狭山保健所に行かなくてもすむようにならないか? 〇また、難病を抱え医療費の公費負担申請をしなければならない患者さんたちは ・難病などの公費負担医療申請も狭山に行かなくてすむようにして欲しい。 〇そして、病院、薬局等の医療従事者の皆さんは ・医師、看護師、薬剤師の変更届を狭山に行かなくて済むならばそのほうがよい。 という要望があると伺ったので、●県や健康づくり事業団などと折衝して、それらは全て所沢市の施設や場所を借りて、狭山保健所から職員が出張してきて、所沢市内で行えるようにします、と約束をしてもらいました。また、●難病関係の継続申請は郵送受付を可能にさせ、申請集中期の夏期にはやはり所沢市の施設に臨時窓口を設けます、などの約束も取り付けました。(これらは所沢市が保健センター、市役所などの場所を貸してくれることが前提です。今まで県は市と5回の調整を行いましたが、保健センターが有力のようです。) また、もちろん、インフルエンザ対策など、今も保健所は電話相談をやっていますが、設置場所に関わらず、電話相談は可能であるし、緊急時には保健所から職員が出動して対応をしていくことは今まで通りできることです。 以上のような理由から、所沢保健所の狭山への引越しはやむを得ない、と自分は判断しました。ただ、残念ながら新規に食品事業者の免許申請する場合や新たに難病の公費負担を申請する場合などには、狭山保健所に行っていただくご不便をご容赦ください。 追伸: 最後に、顧問をさせていただいている団体の皆様には紙面を通じてお詫び申し上げます。自分も昨年の秋ころ県から情報を打ち明けられたのですが、県と市の交渉ごとなので、交渉中に横から(私から)情報を流すのは良くないと考え、団体の意向を聞きしっかり対応してください、と県に委ねてしまったのでした。団体の方々からは、顧問なのになぜもっと早く知らせてくれなかったのだ、とお叱りの言葉をいただいてきました。正にその通りでした。申し訳ありませんでした。反省です。 埼玉県議会議員 藤本正人
※ 2保健所の変遷
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