平成17年12月25日
12月25日(日)
今朝は懐かしい感じで、目覚めた。
うれしいような、いや、懐かしい感じというのが適切だと思う。
夢に父が出てきてくれたのだ。
アンクル、と僕が呼んでいる叔父さんと父が並んで、僕をもてなしてくれた。
アンティークなレストラン、戦前のノスタルジーを感じさせる町並み
人混みで表はごった返している中国のとある町で、旅の途上の僕は、
これから帰国するのか、それともさらなる旅に出るのか、
とにかく餞別の意味で2人は僕をもてなしてくれるのだ。
喫茶店にあるような小さな四角いテーブルを挟み、
アンクルと父は僕の向かいに座ってほほえんでいる。
テーブルには所狭しと料理が並んでいる。
僕はふと表に出て、
そこには世話になった若い中国の少女が2人いて、
その子たちにせめてものお礼をと、札を100円玉に両替し、
それを渡さぬうちに、トイレに行きたくなってトイレのある公園らしきところに行く。
その横に日本人会館のような建物があり、
その1階には素堀の渦状のトイレがあって、日本人が渦に従いしゃがんでいた。
これはかなわぬ、と2階に上がると、個室のあるトイレは300円ほどし、
これは高すぎる、と僕は下に降りた。
それから、すぐにレストランに戻ったのだが、
二人の姿はすでになく、今ちょうど出たところだという…
今覚えているのはそれだけで、または、そこで目覚めたのか、
脈絡のない夢の断片しか
もう記憶には残っていない。
昨日小野先生とお別れしたとき「父をよろしく」とお祈りしたからであろうか…
それとも議会の感想文を読むうちに
「哲正さんが生きていたらさぞかし…」と書いてくださった文章を
目にしたからであろうか…
それとも昨日布団の中で子どもたちを乗せて車を運転するのは
とにかく気をつけなければいけない、となぜか強く思ったからであろうか…
亡くなってから8年半がすぎた今、本当に7年ぶりくらいで僕は父に会うことができた。
懐かしい感じが今も僕を包んでいる。
その暖かいぬくもりを失いたくはないから
すぐに僕はパソコンに向かってこの文章を書いた。
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