
平成20年7月16日(水)〜18(金)
公社事業対策特別委員会視察
□1.
(財)岡山県産業振興財団
□2.
福山リサイクル発電(株)
□3.
本州四国連絡高速道路(株)
□4.
愛媛県庁
1.岡山県産業振興財団
ポイント:(財)岡山県産業振興財団組織の統廃合により経営は改革されたか?
ステントの開発 研究、企業、大学のコラボ
・平成13年4月1日、「(財)岡山県中小企業振興協会」と「(財)岡山県中小企業研修情報センター」と「岡山県新技術振興財団」が統合されて、今の財団になった。
・3つの財団は行政改革上統合すべき法人だったわけでなく、各法人職員が目的遂行上ワンストップがよい、と判断し、統合にもっていった。岡山リサーチパークの一角に「テクノサポート岡山」として建設される。役職員数98人(うちプロパー35人)。
・中小企業の育成として中小企業支援センターを運営し、経営革新計画を作る支援をしたりベンチャー企業の支援、中小企業の取引支援(今年度から下請け駆け込みも寺開設も)岡山県の特色であるミクロものづくりの支援、中小企業の各種相談から再生支援まで行っている。
下請け駆け込み寺
・また、産学官の連携を進め、研究開発を大学と企業のコラボで行わせたり、
その助成。研究の場の提供などしている。また、その橋渡しをしながら大学の技術の特許をとってやり、企業に結びつけたりしている。もちろん、設備資金貸与などや貸館事業も行っている。
・財団全体として「開かれた財団」「頼られる財団」「スピードで対応する財団」を掲げ、業務のうちの16項目を目標化し、年度ごとに取り組んできた。
感想)理事長のお話は、堂々としていて意気込みの感じられるものだった。説明書その他にも担当職員の写真が載せられ手いるところからも伺えるように、「企業も財団も人で持つ」=「マンパワーで勝負」が信条であることが随所にうかがわれた。
追伸) 福山に泊まったが、久松通りという通りが土曜夜まつりのようなものをやっていてそれが風情が感じられた。
2.福山リサイクル発電株式会社
ポイント:民活導入した発電事業はうまく行っているのか、それとRDFについて
発電機の前で
・ダイオキシンで24時間償却焼却や一定規模以上の炉を国が求めてきた。
広島県には小さな炉を持つ自治体が多かった。
そこで福山市を中心に県が音頭をとって14市町村が参加し、燃えるごみをRDF化し、福山市に集めてごみ発電をすることにした。
それで作られたのが「福山リサイクル発電株式会社」である。
県、参画市町村、広島県環境保全公社、JEFエンジニアリングの出資で16億円、RDF燃焼、発電、灰溶融までを行う。平成15年3月竣工、できた電気は電力会社、と隣の施設に売電している。NEDOから41億円補助、、金融機関から50億円融資を受けた。収益は各市町からRDFを引き受ける値段と売電できた費用から処理経費を引いたもの。処理経費の大部分は運転、保守費用。JFE関連会社に委託し、15年契約を結んでいる。今契約5年目である。契約によって、たとえば助燃材を予想以上に使った場合、その増えた負担分はJFEが負担する契約。逆に効率的に処理したらJFEの利益にカウントする。さて、そういうわけで会社が負担する処理経費はほとんど一定なので収益を上げるためには受け入れ量を確保するか、各市町からの受け入れ単価を操作するしかない。今は、原油の高騰もあってそれなりの値段で売電されて、19年度からは1億円くらい収益を上げている。心配材料は年間96000tを受け入れ予定していたら、76000tしか集まらない。助燃材のコークスも高騰中。処理費の単価がかかっている。しかし、電力法の改正で、さまざまなところに売電し、今までより2割高い価格で19年度から売電できている。処理能力は日量314t。そこから20万世帯分の電力を生み出している。さて、RDFはひところ流行ったが、事故が起きたりして、所沢市もやめてしまった。所沢の場合、燃やしてくれるところが見つからず、引き受けを委託した会社の保管場所に野ざらしになって溜まってしまっていた、ことからやめたのだった。広島県のこの試みは残り10年間続行する。RDFを作るためにエネルギーと投資分が、普通に焼却して売電するより余分にかかるものと思われる。 そのあと、隣のRDF製造施設(福山市)を視察した。300t受け入れて、180tRDFを作っている。こちらは、16時間運転、土日休み。福山市は人口40万人の大きな市なので燃えるごみすべてをRDF化はできない。全体の65%をRDF化、残りは別の焼却施設で焼却している。年間18億円(RDF化するのに12億円、引き取ってもらうのに約6億円)経費がかかるが、初めから焼却してしまえば経費は半分ですむらしい。なお、関係市町の分別方法は同じに統一されているという。
感想)ダイオキシンで揺れた所沢市はプラスチックは埋め立てだ。しかし、当麻市長になって、燃やす方針に転換したようだ。埋め立て費用が余分にかかるからだ。そして、売電も狙うのだろう。一方、広島県の場合は、(福山の場合は)RDF化してからプラもろとも燃やしている。RDF化の部分が余計である。経費とごみに対する考え方、がそれぞれの市民の方針を今後決定するのだろう。
メタルスラグの山(これらも再利用)
3.本州四国連絡高速道路株式会社 (於 しまなみ尾道管理センター)
ポイント:後者事業を見直す一つの方法に民営化がある。道路公団から株式会社になってどうか?
○ 本州と四国を結ぶ橋は3本ある。昭和63年4月開通の瀬戸中央自動車道(倉敷そばの早島〜坂出37,3km。橋は6つで瀬戸大橋の名称)、平成10年4月開通の神戸淡路鳴門自動車道(神戸西〜鳴門89,0km、明石海峡大橋と大鳴門橋)そして平成11年5月開通の西瀬戸自動車道(西瀬戸尾道〜今治46,6m。9つの橋。生口島と大島内の国道を合わせ59,4kmのしまなみ海道と呼ぶ。)それら3本の高速道路を管理運営する本州四国連絡高速道路株式会社を視察した。
○ 平成17年、道路公団が民営化されて、橋や道路は独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構が公団から道路を買い、機構のものとなった。それを本州四国連絡高速道路株式会社が賃借料を払いながら運営する、という形をとっている。会社の事業内容は道路管理、料金徴収。機構は45年間で債務返済する。
○ 料金設定は3つの道路合計で45年で完済することと、管理費などを勘案し、設定した。なお、細かくは陸上部と海峡部の建設費が違うので普通車1kmあたり、陸上部39円、海峡部351円だそうだ。なお、実際はそれより安く陸上部28,08円、海峡部252,72円だそうだ。
○ 民営化してどうなったか、の質問では、平成18年度の純利益は12億円。民営化後3年連続黒字。しかし、立場は公であり、株も公開していない。運営は国の意向を強く受けている、との答えだった。また、ETCの効果で、残念ながら利用台数が増えるわけでなく、料金収入は減っているとか。今後も通行料の増加はそれほど無い、と見ている。通行量に限度があるゆえ、料金割引などのサービスも大盤振る舞いはできず、工夫の範疇は狭いようだ。
○ 本州と四国が結ばれたおかげでフェリーだけだった昭和59年に比べそこを渡る自動車台数は2.6倍、トラックなどだけで見ると3.7倍、自動車で3時間でいける面積は6倍、人口は8倍に拡大した。年間観光客数は昭和59年に比べ、橋で結ばれる年にドンと伸び、その後小康状態になるが、愛媛1.4倍(+約2400人増)、香川1.6倍(+約3000人増)、徳島1.3倍(+約1500人増)と最終的に増えている。ただ、高知県は1.2倍(約200人増)であって、瀬戸内海側の各県ほどの恩恵は無かったようだ。
しまなみ 連続する橋の近くで
4.愛媛県庁
愛媛県では、平成8年からの「行政改革大綱」11年からの「新行政改革大綱」14年度からの「行政システム改革大綱」に基づいて出資法人改革も行ってきたが、平成18年3月に策定した「出資法人改革プラン」(18年度〜21年度)をもとに改革に取り組んでいる。平成17年2月に策定した指針に基づき、各出資法人ごとに見直しの方向性を定め、各出資法人はそれぞれそれに沿った改革実施計画を作り、実行するようにした。出資法人は自ら自己評価を行い、有識者7人がそれを外部評価する仕組みを導入した。
・対象法人は県が25%以上出資又はしゅつえんしている法人+財政支援している法人計30法人。
・廃止すべき法人(1)、統合すべき法人(4)、指定管理者への移行など外部環境変化によって抜本見直しをする法人(12)、必要性があるので一層経営改善させる法人(13)と分類し、それぞれ法人と所管課が協議しながら改革実施計画を作る。毎年、事故点検評価をし、見直しをする。
・「愛媛県出資法人点検評価部会」で外部評価を行う。また、それを公表している。
17年度は赤字法人が12あったが、18年度には8法人に減少した。
・愛媛は県営住宅は住宅供給公社を指定管理者にするのでなく、直営でやっているらしい。ゆくゆくは市町に移すつもりとか。
・法人改革は1,法人の自主性、自立性を増させる。プロパー育成や組織体制の見直し、事業見直し、役職員の削減や給与水準の適正化など。2,県の関与を適正化する。人的、財政的支援の見直し。3,経営状況の積極開示。を指針に行われている。
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昨夜は今治に泊まったがアーケード街は閑古鳥であった。
努力はしているのは十分わかったのだが・・・。
なお、アーケード街を歩いていて呉服屋とかまぼこ屋がたくさんあった。
とある一軒に立ち寄り『じゃこ天』というさつま揚げみたいなものを食べてびっくりした。
なんておいしいんだ!!!
ということで、空輸便でお土産を買ってしまったほどだった。
魚貞蒲鉾店というお店だった。 |
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