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内閣府原子力安全委員会委員長の班目さんが「原発事故は人災である」と言われたそうである。「たとい想定外のことであったとしても、二重三重の準備をしておくべきなのをしていなかったから」という理由だと、ラジオでは言っていた。聴いて自分は苦笑した。 人間は懲りないなぁ、と思ったからである。 だったら、「二重三重の準備をするような日本ならよい」 ということなのだろうか、と思ってしまうのだ。こんな目に遭っても、反省したり振り返ったりして日々の生活ぶりや生き方を変えようとは思わないのだろうか。 人間はそんなに万能なのだろうか。それは人間の驕(おご)りではないだろうか。原発を利用するということは、そういうことを覚悟します、甘受します、ということだったと、日本人は改めて、思わなければいけないのではないだろうか。 人知を超えたことは、「ある」のである。飛行機が原発に落ちればすべてはおじゃんなのではないか。9.11のようなテロもあるのだ。 そんなことを思いながら車を走らせていたら、僕は20年前に起こったアメリカでのマクドナルドの訴訟のことを思いだしていた。コップに注意書きが書いていなかったために、コーヒーをこぼして火傷したという理由で、マクドナルドは責任を問われ、結局、賠償として3万ドルの請求が認められたという、あの、おぞましき訴訟である。 そうだ。きっと原発にもこういう注意書きを書いたシールを張らなければいけなかったのだ!
と。 何でもかんでも「説明責任≒言い訳づくり」に忙しくなった昨今の日本だったが、原発という大きな買い物にそういう観点が抜けていたのは、誤算だったのか、それとも、良き日本の名残だったのか。 事故は人災だったと班目さんは、反省と自戒を込めて指摘したのだろうけれど、その理由づけに、 自分は違和感を抱いてしまったのだった。 埼玉県議会議員 藤本正人
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