|
||
|
自分の力の無さ、それに自分でなくたって代わりは沢山いる、という気持ちに苛まれる。力の無さは努力不足から来ることもわかっている。わかっていても邁進しないのは自分のせいだ。 同僚議員は目標に向かって生き生きと、または、自分なりのスタンスでこなしている。それを見るにつけ、自分は一体何をやっているのか、と思いが内に向く。 『恩の循環』と言う言葉がある。恩は人を温め、人を動かし、次々と温かい行動が人をめぐっていく、というものだ。自己嫌悪に陥っているときは、その逆の現象が起きる。負の循環』である。 今日、特別委員長報告で「部活動手当てが増える・・・?」のようなことが語られた。知らなかった・・・。議会終了後、電話で担当課に問い合わせ、早速、その説明を受けることにした。 担当課の方々3人は、団会議が終わって控え室に戻った自分を早くから待っていてくれた。「部活動のことです!」と担当課長は笑顔で迎えてくれた。「やりましたよ!!」という躍動に似たものをかすかに感じた。 早速説明を受ける。要点はこうだった。 毎年毎年、担当課は部活動手当てを増やすよう交渉し、戦ってきた、国に対し、そして、財政当局に対し・・・。戦いは平成11年から続くのだが、財政難の言葉の前には刃がたたなかった。ずっと敗戦の辛酸をなめ続けてきたのである。 しかし、今年になって国が動いた。教師の給与費に対する国庫負担費の中の部活動手当て相当額を計算上倍増した、というのである。その報をいち早く聞きつけた担当課は、直ぐに県人事委員会にそのことを告げ、要請した。「だから、県人事委員会も、財政当局に勧告して欲しい。『国の意向を受けて教師の部活動手当てを倍増せよ。』と。」※1 県人事委員会勧告が出るのは10月中旬である。その中に盛り込まれれば、遂に、10年ぶりに教師の部活動手当ては増額されるのである。担当課積年の思いがもう直ぐはらたせる! 要望していた議員たちにもそう報告できる! 学校の先生方もきっと喜んでくれるに違いない!! そんな思いが担当課をして笑顔で私を迎えさせたのに違いなかった。 説明を聞き終わって、私はおもむろにこう話した。 「それはよかったです。でもまあ、そもそも教師はお金目当てで部活をやっているわけでもないから、手当てもらわなくたってやることはやるんだけれど・・・。でも、少しでももらえればそのほうが、ああ、自分がやってることが少しは認められているんだなって思えるし・・・。自分が教師のときも3時間半以上で650円もらってたけど、『こんなんじゃ昼ごはん食べたら赤字だよ。』なんて嘘ぶいていたもんだった。あの時は独身だったし・・・、家庭を持てば少しの手当てでも有難いもんだからねぇ。・・・」 「ありがとうございます。人事委員会を動かして、がんばってください。」 と最後には言った、と思う。しかし、別に笑顔で見送ったわけでもなく、笑顔一つ見せず課題案件を糾すような顔して、とにかく普通に報告を聞いた、というような感じではなかったかと今思い出すと思うのである。 説明を受けて、そのあとまた、机に向かった。それから別のいくつかのことがあり、また嫌悪感が自分を襲った。 帰りにハンドルを握りながら、さまざまなことが甦ってきた。 なぜ、俺は担当の手を握り、ありがとうっ!! て言えなかったのか。俺は少なくとも、教育関係の代弁者を自負しているのではなかったか。何を勿体つけているのだ。 フロントガラスから両脇の窓へ意味も無く景色が過ぎていく。 県に派遣されている教師のM先生がこう言っていたのを思い出す。 「県の職員は我慢強いよ。あそこは何をやっても報いの言葉がない場所なんだ。普通にやっていても要求され追及され、良いことをやっても『もっとこうすればもっとよかったんじゃないか!』なんてコメントされて、感謝されない、喜んでもくれない。市民も議員さんも指摘するだけで、よくやっても『よかったね!!』なんて絶対言わない。それでも黙々とがんばらねばならないんだ。その点が学校とは全く違うね。県の職員もえらいと思うよ。」 M先生はこうも言われていた。 「買い物して商品を手渡されるときにお客のほうが『ありがとう』って言ったっていいと思うよ。金を払ったから偉いんじゃなくって、品物をいただいてありがとうっていうのもアリなんだよ。そういうのが今は無いんじゃないのかなぁ。」 聞いて自分もハッとして、以後、外食のときだけでなく、品物を買ったときにも「どうも」とか「ありがとう」とか返すようにしている。また、街に貼り出している自分のポスターにも「人を信じて、がんばれる、困ったときには助け合う、『ありがとう』の行きかう社会に!」とわざわざ入れたのではなかったか。 思えば、自分もこの仕事をして「ありがとう」と言われない、とつい先日嘆いたばかりだった。酒の席、友人相手である。 「あれだけの思いをして(教育委員会や執行部を敵に回して)戦って、教育委員会単位での中学の学力テストをしてもよい、と認めてもらったのに。県も国と勝負してがんばってくれたからこそできたことなのに。『それでも依然として北辰テストで塾主導だよ。』なんて言われると芯から力が抜けてしまうんだよ。以前よりずっと前進したんだから、負けないでがんばってよ。中学でしっかり進学指導に活用して、天下の中学生たる学校、を作ってよ!! ここに来るまでのみんなの苦労を知って少しは感謝もしてくれよ! なのに先生方は左で無ければノンポリを決め込んでる。(昔から知り合いの先生を除いて)自分の存在など知ってもくれていないし、権力の象徴として議員という存在を蔑視している傾向すらある。何のためにがんばっているのか・・・俺だってやってられないよ。いや、何をやっても実績を残しても、この前の選挙のときみたいに、『君は何党かね? えっ? 自民党? じゃあ、死んだほうがいいね。』だからな。 普通の好々爺そうな人が言うんだよ。他の人も似たり寄ったりだった。いや、一番感謝されて今でも有難いのは、航空公園のラジオ体操のことだな。今でも会うとありがとうって言ってくれる。俺はやってよかったんだって、そのとき初めて自分の存在に確信が持てる。金じゃなくってみんなそんな言葉のためにがんばってるんじゃないのかなぁ?!」 友人を前にそう嘆いたばかりだったのではなかったか。 さまざまなことが甦ってきて、『恩の循環』ならぬ『負の循環』(怨とか恨とかの言葉では当てはまらないし、厭でもない。『よくない心の状態』の伝染というか循環である。)というところに行き着いた。 教育の代弁者だからこそ素人っぽく手放しで喜ぶことは自分は憚ってしまったのだろう。教師は部活を金のためでなくやっている、ということも知っているよ、ということを示すポーズをとってしまったのだ。きっと体裁を優先したのだ。もしくは代弁者の癖にその動きを自分が知らなかったことを恥じる気持ちでゆがんだか? どちらにしても情けない話である。 そうやって、自己嫌悪に身を沈め、また、帰宅した後、飲みに出かけてしまった。翌朝も今度は飲みすぎに自己嫌悪である。そして、自己嫌悪のほとぼりから少し脱した今、思ったことを残しておこうと机に向かうことにした。 担当課の皆さん、ありがとうございました。今更もう言えませんが、ありがとうございました。学校の先生方もきっと喜んでいると思います。それにしても、まだ少ないよな、とは思ったり、いろいろあるとは思いますが、それでも喜んでくれていると思います。担当課の皆様に、敬意と謝意を表します。本当は部活をがんばっている先生方から、担当課に、感謝の言葉・メール、が寄せられれば好いのですが、教師は後から知ったりするのであって、「今度手当てが上がるそうだぞ。」なんて校長先生も職員会議で言ってはくれませんし、校長含めて知らない、支給されてから知る、様な気がします。だから、そんな言葉はないものと推測します。自分のこと、もの含めて全てのことは周囲の人々の善意と(時に悪意と)努力によってもたらされているものなのだ、とつながり・絆を実感できる世の中になったらよい、と思います。そして、『恩の循環』そして、『感謝の循環』があふれる世の中にすべく、自分もまた、がんばりたいと存じます。では。 平成20年10月11日
埼玉県議会議員 藤本正人
※ 1:公務員も教師も労働者の権利が与えられない分、人事院(国)とか人事委員会(県)が第三者として民間の状況を調査しながら「公務員の給与はこうあるべし」と勧告して、それを受けて給与等改定するシステムになっている。教育委員会の担当が人事委員会に要請したのはそのため。 ※ 学校での部活動手当てがどのようなものであり、どう変遷してきたか、は次をご覧ください。 |