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平成19年7月7日 第19号
議会はそれでいいのか
7月6日議会最終日にて


近藤議員はふじみ野市選出の県議である。
今回の選挙前、ふじみ野市議に自民党支部から推薦料を出したが、
それが選挙違反だということになり、逮捕されたのだった。
(政党から推薦料としてお金を出すことは違反ではない。
違反だとすればそこに手違いがあったと警察はみているのだろう)
しかし、「取り調べられて初めに述べたことは本当は違う。自分の
心に正しく自己の正当性をかけて戦う」、ということで現在裁判で戦っている。

取調べとはかように精神をずたずたにして、もうどうでもよいという気にしてしまうらしい。
それによって冤罪もまた、作られてきたのかもしれない。

さて正当性をかけて戦っているのだから議会が始まれば出席すべきであり、
だから近藤さんはこの6月議会、裁判があるとき以外は出席されたのだ。

今日は最終日、苦しかったと思う。
近藤さんの辞職を求める請願が出され、自民、公明は継続を主張したが、
民主、社民、無所属刷新の会、共産党、そして無所属のK議員が採択を主張して
討論になったからだ。
(私は裁判の結果を待てばよいと思っている。議会は人を裁くところではない。)

近藤さんがいる面前で近藤さんは辞職すべきだという討論が延々とそして滔々(とうとう)と
これでもかこれでもかと民主、共産、社民各代表3人から行われた。
なんと悔しく、なんと苦しく、忸怩たる思いだったろうか。

ある党のある議員も、近藤議員は「議員らしく辞職すべし」的なことを滔々と述べていた。

だが、待ってくれ。
「あなたも今回の選挙で違反をしていたんじゃないですか?
選挙期間中に禁止されているビラ配布、しかも他候補の誹謗中傷が書かれているビラを
選挙真っ最中に封筒に入れて配布したんじゃないですか?
あれは選挙違反ではないとでも言うのですか?一つしか許されていないスピーカーの使用を
市内各地でいくつも使って党員が演説しているのは、あれは選挙違反ではないのですか?
あなただって違反なんじゃないですか?」

そんな人が正義の顔して、いったい何がいえるのだろうか?

そして、今議会始まったばかりのとき、
その議員はある新聞社のカメラマンを連れて近藤さんに辞職すべしの申し入れをし、
その様子をカメラマンに撮影させて自己の宣伝に使おうとしたのを私は知っている。

なぜカメラマンを同行させたのか?
その心は何か・・・?

私はそういう偽善者振りが許せない。

一部の情報とマスコミによる報道だけを信じて、人の身分を断罪することの
なんと恐ろしいこと。
それを彼ら彼女ら(採択主張の人々)は平気でやっているのだ。

少なくも、今、近藤議員は自分の正当性をかけて正式な裁判をもって闘っているのだ。
それを尊重し見守るのが、片や立法を担う議会の「議員」なのではないのだろうか?

「もし裁判で無罪が証明されたら、
      そのときは今度は自分が責任とって辞職する覚悟があるのか」

悔しくって、その偽善と軽さが許せなくって、私はその議員にそう叫んだ。
(瑕疵ある議決、特に人間の身分に関する議決はそれほど慎重であるべきなのだ。)

つづいたある党の議員は
「近藤議員は自ら正しいと思うのなら
      真相をまず議会につまびらかにすべきなのにしていない。」
と辞職勧告の意を述べた。

だが、ちょっとこれも待ってくれ。

議会が始まって、もう2週間以上たっているのだ。
そう思うのだったら、自分でまず聴いてみたらいいじゃないか。
その間に一度でも、近藤さんのところに行って
「真相はどうだったのか?」と聴いてみたことがあったのか。
それもしないで、のうのうと高踏派を決め込むのは
いささか無責任すぎはしないか?

その後のある党の討論からは
57577の短歌をもって警喩の歌とするまで飛び出して、
人間とはなんと浅ましいものかと私は真実思い知らされた。

討論とそれに対する野次、叫びを聞くのも、近藤さんは堪えなかったことであろう。
当の本人の立場になれば、そんな言葉すら出てこないほど身をよじることだからだ。

近藤議員については僕はブログでも触れたことがある。
近藤さんは、奇をてらわない誠実な人だ。

http://blog.goo.ne.jp/zenntatosannpei/e/83601115d10c3a04b44aa7fda186b07e

気丈に心正しく、正義を勝ち取ってほしい。
それを心から願うばかりである。


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