[ホームに戻る]


平成17年12月9日 第八号
これでいいのか日本の先行き
−安さや効率化という潮流の中で−


 自民党の勉強会に出た。演題は『日本の農業政策』であった。講演後講師の代議士に聞いてみた。海外の安い作物に対抗して、日本の農業を、結局、政府はどうしたいのですかと。それによると地産地消を進め、生産者の顔が見える農業にしたい云々と語られた。しかし、基本的には、「土地を集約、大規模化し生産の効率を上げる。そうやって、結果、自給率も上げていく。日本の農業は家族による小規模農業が多すぎるのだ。そこからの脱皮が日本の農業の進む道だ」ということのようだった。
 私はそれを聞いて、腹のそこから深いため息が出た。
とっぷりと日が暮れた寒い小屋の中、ほうれん草の仕分けをしている壮年の父母と息子の姿が脳裏をよぎった。「家族経営でいいじゃないか!」。私は心の奥底でそう叫んだ。

 そういう発想は農業だけではない。
 『大店法』の規制がなくなり、大きなショッピングセンターが次々に建ち始めた。人々でにぎわうショッピングセンターに少しはなれて、地域とともに育ってきた家族経営の商店がひっそりと並んでいる。そのなかにはコンビニに衣替えし24時間営業で活路を見出した商店もあった。しかし、息つくまもなくショッピングセンターも深夜営業を始め、何とか生き残ろうとしたコンビニに模様替えした商店は再び経営を脅かされ、オーナー自らが自分の健康と引き換えに深夜の店頭に目をくぼませて客を待っている…。
 いや、家族経営の商店を駆逐しつつある大きなストアとても、さらに近くに同じ規模のストアが進出し、いずれどちらかが敗れ去るまで消耗戦に近い経営合戦を行っている。いずれかが破れ撤退していくまでその戦いは続く。やがて、ショッピングセンターや大きなストアに破れた家族経営の商店は店を閉め、同様に競走に敗れたストアもまた店を閉め、その付近は商店過疎になってしまう。後には車を持たない、自転車にも乗れない人々がとり残される。そういう風景が私の周りにはたくさんある。

 正月も深夜も買い物できるかもしれない。便利さを受けられる人の数は増えたかもしれない。でも、みんなこれでいいのだろうか?
安さと便利を求める消費者の連れ合いが、安い製品に圧迫されている企業の従業員であったりするかもしれない。100円ショップと中国野菜に妻が血道を上げている間に、そのあおりを受けた夫の会社が、夫をリストラしてしまった、ということも、あながちありえない話ではない。

 それでも便利で安いことばかりを追いもとめて、我々はかえって自分たちの首をしめはじめているのではないだろうか。みんなこれで、将来も幸せに暮らしていけるのだろうか

 農業でも商業でも、そして工業でも、とどのつまりは生産性の向上。画一化、集約化、効率化で、家族経営の商店がまずはつぶされ、同時に大工場や大ストアでも人員がカットされている。生産性の向上とはつまり人を切ること、または多くの低賃金労働者に変換することにほかならない。今の日本の社会はそんな方向に向かっている。
 会社も経済(経世済民)もすべては「人」のためにあるのではなかったのか…。一部の大金持と大多数の安い労働者とからなる社会になれば、この国のかたちも変わっていくのだろう。
 「本当にこれでいいのか」。どうもしっくりこないのである。

[文頭にもどる]
masato@gutsfujimoto.com
ご意見はこちらから