平成17年8月22日 第六号
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今日も電話がかかってきた。 「『藤本が柴山昌彦事務所開きでとんでもないことを言った。 一体何を考えているのか? 柴山昌彦を応援していないのか? 』 とみんな言ってるぞ!」 友人からの電話だったので、言われた僕は本心を言った。 「郵政民営化は(かくかくしかじかの理由で)もろ手をあげて賛成できないなあ。 それに、12月議会には埼玉県議会の自民党が中心になって「もっと慎重に」という意見書も出しているんだよ。 そう言うことを忘れてしまって、とは行かないよ。」 すると友人はこういった。 「でも、俺は郵政改革は必要だと思うんだ。藤本君がそう言うんなら、それならもう僕は藤本君を応援しないよ。」 この友人に意見を聞いて思うところはあった。 しかし、一時の感情で友人を失ってはならない。気持ちを落ち着かせて、こう言った。 「なんでそうなるんだい。僕があのとき言ったのは、 『自分は郵政民営化のことはともかく、柴山さんを応援する。 郵政民営化に限らず、政治の焦点はたくさんある。 教育も、福祉も、環境も、国土利用も、経済も・・・。 でも、その全てで一致する人間なんていないものだ。 政治に参加し、間接代表者を選ぶとは、 そういう覚悟の中で、より自分が大切にする分野で一致するか、とか、どれだけの分野で意見が共通するのか、 で『この人』を決める行為なのだ。 僕は郵政民営化で必ずしも意見が一致しなくても柴山さんのその政治姿勢などで彼を応援するのだ。 そういう方が自民党の本来の姿でもあると思うし・・・。とにかく彼を頼む。』 ということなんだよ。」 言い直し、友人の理解を得ようとした。 さて、友人に言わせると、 それでもそんなことは言うべきではないし、郵政民営化ひとつをとって君を非難している人がたくさんいる、 ということだった。 僕は、友人からの忠告をありがたいと思った。 と同時に、友人に話を伝えた人々、話題にして非難している人々の存在を知り、こう思わざるを得なかった。 人はどうして、「あいつはああ言った、こう言った」、と拡大非難するんだろう。それも時に喜んだように・・・。 自民党関係者は国会議員以外でも、郵政民営化については賛成ではない、と言うことすら許されなくなっているのか? おとといの盆踊りでも、郵政民営化について聞かれるので自分の意見を白状すると、 とたんに、それでも自民党の県議か、と目をむいて非難された。 みんな鬼の首を取ったような表情で僕を見ていた。 自民党関係者は国会議員以外でも、違った意見をもつことすら、もう許されないのか? 世の中いっつもばばっと動く。少数派は非国民・・・。 あぁ、また、日本の「悪い癖」が出てはいないのだろうか。 |