平成16年12月20日 第三号![]() |
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今日、12月議会が終了した。 最終日に、人事案件として教育委員の任命を知事がするのに対し同意を求める議案が出た。 高橋史朗氏である。 この方は、明星大学教授で、新しい教科書を作る会の主要メンバーであった人だ。だから、考え方ははっきりしている。 教育委員制度は行政から一線を画し、独立自由な立場で教育が考えられるべきことから創設された。県教育委員は6人 おりトップは教育委員長、事務担当が教育長である。 県の教育委員は広く県全体の教育がいかにあるべきか考える役目を担っている。その集合体が教育委員会だ。 が、教育委員は非常勤なので実権を握っているのは教育長を長とする事務方ではないか、と理念の上で批判されることも ある。(われわれが教育委員会と思って接している人々は教育委員会の事務局に人々なのだ。) さて、教育委員は広く自由に教育全般を考える立場の人なのだが、高橋史朗氏は「つくる会」のような思想をもつ人だ からふさわしくない、右だ、だから上田知事は提案するな、議会は同意するな。という意味でここ一週間ほど新聞で騒が れ、県庁前で街頭演説をしている人が出たり、私にもお手紙が来たりした。同意するな、が3通、同意されたいが1通で ある。朝もデモ行進していた団体がこの議案の行方を見に傍聴席に座った。180人くらいはいた。 問題の議案が審議される前に、それ以外の議案について討論が行われた。 反対を主張する(県立幼稚園廃止反対、決算反対、岩槻市のさいたま市合併反対など)共産党議員に対し、県議たちから ヤジがさかんに飛んだ。が、あろう事か、それに対して傍聴席の人々が「しずかに聞け馬鹿やろー」と大声でヤジを飛ば し始め、県議と傍聴者が大声でやり合う議会になってしまった。(お互い数名以上でやり合って騒然とした。) 傍聴者がヤジに驚くのは不思議ではない、「反対者の意見もきちんと聞け。それが言論の場だろ。」と思うのも当然だ。 しかし、残念ながら議会はヤジも一つの手段として正当に認めている議論の戦場なのである。相手に思うことを言わせな いのも作戦の一つ。私も市議会時代相当に共産党はじめの議員にさんざんにやじられた。一歩もひるまず、意思を言い抜 く、のが議員の本領と言うところも、あるのだった。そして、民主主義の議場でただただ許されないのが、傍聴席からの 威嚇、ヤジであった。任されたものたちが正常に審議できなくなるからである。 それを、傍聴者の人たちは犯してしまった。 あまりにも大声で罵倒するので「何をやっているんだ。誰が言っているんだ!」と思い後ろの傍聴席を私は振り向いて眺 めた。すると、「藤本、前を向け!藤本、前を向け!」とまた、傍聴席からヤジが飛んだ。まるで馬鹿にして揶揄するよ うな口調のヤジだった。 なんということだろう。なぜ私がこの人たちから呼びつけで指図され、揶揄されなくてはいけないのだ?声のする方を見 たが、私をやじっている人は私の(きっと)知らない人だった。なぜ、自分だけ名指しされたのか? 私は悲しかった。私は共産党の議論に対し一言もヤジは飛ばさなかった。何を主張するか、用紙に書き取りながら聴いて いた。また、ヤジで圧倒するのは私の本意でもない。なのにおもしろ半分のような声で呼びつけにされ揶揄され… なぜ自分はこの人たちにそういう仕打ちを受けねばならないのか。 自民県議の人たちは議場を出てから「今日の傍聴者は教員だ」と断じていた。そして、たしかに教員っぽい身だしなみだ とは、私も感じた。とすれば、あの人々は、同じ教員出身の自分をそういう形で攻撃することで自分の鬱憤を晴らそうと したのか?ヤジを飛ばしやすい相手、だったのか?私は今まで教職員組合を悪く言ったことはない。県議になって、やた ら悪者にされる教職員組合を「そうでもないですよ。」とカバーすらしてきた。また、今日だって、「教師がああだから あれじゃ、いい教育はできないぜ。」と怒る議員に「教師かどうかなんて分からないじゃないですか?教員だなんて決め つけないでください。」と言い返したりもしたのだった。が…自分だけが名指しされ揶揄される、その理由を考えると、 他の議員から言われたことが自分としても否定しきれなかった。同じ教員だから苦しさも分かるのに…本当に肩を落とし て今日は帰るしかなさそうだ。帰りにやけ酒を飲もう。県庁にて一人残って午後7時10分 なお、傍聴者の目的だった教育委員の議案は、質問も討論もなく、すぐに採決され自民党、無所属、と地方主権の会の何 人かが同意して終わってしまった。傍聴に来ていた人は何も議論しなかったことに怒りのヤジを飛ばしていたが、人事の 議案については質問も討論もしない、という申し合わせが議会にはあるのである。人の詮索はしたら人権にも関わる、そ れにきりがない。提案者の良識を信じ、質疑などせずイエス、ノーだけ決めよう、という決まりなのだ。だから共産党も 民主党も、公明党も何も言わずに反対したのだ。人事案は可か否を決める類のものではなく、同意をする、という別種の 議案。普通は同意が前提である。討論しろ、質疑しろ、と怒りを感じるのは分かるのだが、それが決まりなのである。 なお、もう一つ悲しいこと。それは、もしヤジっていたのが教師だとしたら、そして、組合の方々だったとしたら、あま りにも厚顔だということだ。私は組合の教師に討議の手法の中にヤジという手法もあることを知らないとは言わせない。 一生懸命子どものことを考え、自治に向けて取り組んだ組合教師ならきっと「全生研」の運動を知らないはずはないから である。そして、自らも、子どもたちにヤジを教えていたかもしれない。わたしもその研究書をむさぼるように読み、講 演会に出かけ、傾倒したものだった。(ヤジは教えきらなかった)それを忘れて、議会を批判するのか?いや、組合活動 の団体交渉のときに、組合員自身がいつも拍手、ヤジ、などで意思表明し、圧力をかけ、しているではないか。それを忘 れて、ルールを犯してもヤジを飛ばしたのだとしたら、あまりにも残念なのである。 |