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平成15年6月 つぶやき号
土屋知事の辞任
 最終日は朝から県知事の長女が逮捕される報が入り、今日はそのことに対し緊急質問を行わないわけには行かないだろうという空気でした。あさ、予定していた日程に緊急質問を加えるということで議会運営委員会が了承し、10時に本会議は開会されました。緊急質問において、自民党はあくまで知事を信じるからがんばれという姿勢での質問でありました。しかしその他の党は・・・。いつも知事知事といっていたのによくもあんなに手のひらを返したように知事を追及できるものだと私は感じました。まあ、議員というものは一線を越えると厳しくならなければならないものなのかもしれません。しかし、共産党を除く議員のいつもの(知事知事と寄っていく)態度を見る限り、私にはマスコミが入った中での緊急質問の追及姿勢には、やはり釈然としないものを感ぜざるを得ませんでした。
 重苦しい雰囲気の中、夜の7時ころに議会はすべての議案を可決して終了しました。自分にとってはじめての議会、一礼して議場を出ると、もうひとつのドアの外では報道関係者が知事の出るのを待ち構えており、知事が出ると同時にフラッシュが嵐のようにたかれました。知事に群がった一団はフラッシュの光とともに横に何度もぶれながら、ゆっくりと廊下の向こうに消えていきました。

 翌朝、支持者の電話で私は起きました。今朝一時に知事は辞意を表明したとのこと。
「きっと、あの記者達の攻勢に疲れてしまったのだろう。」そう私は感じました。
 埼玉県議会に当選してまず感じたことに、土屋知事の信奉者があまりに多い、ということがありました。多くの議員が議場に入るとまず知事に挨拶して、それから自席についているように見えました。また、職員も、知事に非常に気を使っていました。それも信奉して気を使うという感がありました。議員はみんな土屋知事の与党であることを表明し、それは自民党だけではありませんでした。だから、まだ長女逮捕に至る前の、各議員の一般質問では共産党以外は、土屋知事擁護を十分感じさせる質問をしていたように私は感じています。
 多くの議員が知事は潔白な人だといいます。短い期間ですが、私もそう感じました。
資金管理団体のお金が流用されていたことを、きっと知事は真実知らなかったのでしょう。
自分が代表する団体のそれを知らなかったとは許されない、というくらいの罪はそれでもあるのだそうですが、それだけの話といえばそれだけの話なのです。
 今の段階では、はたして辞任する必要まであったのかどうか? という気がしてなりません。知事も70歳を過ぎています。一日中の攻勢にきっと体が疲れてしまったのでしょう。そんな気がしてなりません。せっかく一般質問で答弁いただいて、これから、と思っていたのに残念でなりません。

 もうひとつ、これは今振り返ってみて思ったことなのですが、このところ、わたしにとっては釈然としないやめかたの議員が多いように思います。共産党の筆坂議員然り。報道で知る限りでは、私は筆坂議員が良くないことをしたにせよ、それでやめるには及ばぬことだ、と思うのです。それとも、やはり議員とはそういう身の上なのでしょうか?
 今日の新聞には県民の声がたくさん載っていましたが、その多くが土屋知事を非難したコメントでした。知事はお金の流用を知っていたと県民は判断したのでしょうか。それとも、知事がお金のことを知らなかったとしても、県民はみな「それ自体辞任ものだ。当然やめるべきだ。」と判断したのでしょうか?
 「事実はまだ明らかにされていないのです。急がずに、もう少しおおらかに、」といえば「甘えるな、身びいきするな!」とお叱りを受けそうです。しかし、私は、このところ人間が、お互いがお互いに対して、なにか軽く、他人事で冷たく、そして厳しくなりすぎている気がしてならないのです。議員に対して、というよりはむしろ自分以外の他の立場の存在に対して、軽く、冷たく、そして厳しくなっている気がします。
 真実が解明されていないのに人のことを判断してよいものか。報道で見聞きした一面だけでその人の真実を知ったかのように判断してよいものか。報道自体も真実かわからないのに。

 少年の犯罪にのみ取りざたされるバーチャルの功罪ですが、もしかしたら、大人の人間関係にも、バーチャルによる弊害が出てきているのでは、と感じました。

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masato@gutsfujimoto.com
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