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教育情報記事
教育委員会傍聴記 平成18年4月13日 平成20年3月19日

今日のテーマ
図書館管理規則、文書館管理規則、スポーツ研修センター管理規則の一部改正について
2指導が不適切な教員の認定等の手続き等に関する規則を作ることについて
3教育局、教職員の人事について(非公開)
4第21回全国生涯学習フェスティバルの開催準備状況について(報告事項)



【図書館管理規則、文書館管理規則、
    スポーツ研修センター管理規則の一部改正について】
・県民サービス充実のため、年末年始の休みを1〜4日分減らす。
今年から上記施設の年末年始休日を12月29日〜1月3日とします。(可決)

【第21回全国生涯学習フェスティバルの開催準備状況について】
・平成21年10月30日〜11月3日まで、埼玉県で全国生涯学習フェスティバルが開かれます。その準備状況の説明。開会式、生涯学習見本市、体験広場、閉会式という構成になる。各種イベントが行われるほか、市町村、各種団体、企業などに参加してもらう。20年度は実行委員会設立、専門4部会開催、プレイベント開催、ボランティア募集、広報、啓発活動、参加団体、企業募集、市町村は準備委員会開催などおこなう。

【指導が不適切な教員の認定等の手続き等に関する規則を作ることについて】
[制定理由]
教育公務員特例法が改正され、指導が不適切な教員に対する指導研修実施が任命権者に義務づけられた。よって、それに対応する規則を制定する。今までは、各県に任されていて、基準も対応もまちまちだったので、国が基準統一を目指して特例法を改正した。それを受けた規則制定である。
[規則要旨]
「指導が不適切である教員の認定等の手続き等に関する規則」
・「教員」とは、県教育委員が任命した教諭、助教諭、講師を指す。
・「指導が不適切である教員」とは、精神疾患その他の疾病等以外の理由により、児童または生徒を適切に指導できないため、授業その他の教育活動にあたらせることなく研修に専念させる必要のある教員を言う。
・校長、市町村教委、県教委による指導、支援を経ても「うーん」という教員について、県立学校なら校長、市町村立学校なら市町村教委の申請によって県教委が受理し、対象教員から言い分も聞き、指導力判定委員会(県教委幹部、弁護士、アドバイザーとして精神科医、それから保護者、退職教員などをメンバーにする予定)の意見を聞いて、認定する。認定したら、県立総合教育センターにて1年間以下(必要ならさらに1年延長)研修させる。必要に応じ学校でも研修させる。研修が終わったら、指導力判定委員会の意見を聞いて「程度認定」を3段階で行う。すなわち…
1.学校復帰  2.研修延長  3.分限免職、または他の行政職として配置換えである。
その説明を受けたのち、委員のやりとり)
<平井委員>
今までは「指導力不足」とも言っていたが、今回は「指導力が不適切」という文言になった。基準は変わらないのか。また、認定についてだが、授業など日常から見ていないとわからないものだが、判断に誤りは出ないものか。
事務局)
基準は変わりません。今まで使用していた判定基準を使います。また、授業はよく観察することで校長判断はできるはず。生徒指導、進路指導、親への対応等の活動も管理職にはわかるものだと考えています。
<平井委員>
私は先生は、まずすばらしいのだと思っている。人間だから1つや2つ課題もあろう。どの程度で「不適切」と見なすのか?
事務局)
1時間の授業のうちに、生徒が騒ぐ、意欲をなくしてしまうなど子どもの様子が、日常的にそうなってしまう場合。また、親からの訴えでも判断できるでしょう。なお、子どもが変わってきているといわれる中、子どもと教師の相性、モンスターペアレンツの存在などもあり、授業やクラスがうまくいかなくなることもあるもの。どの学校に行っても、どの学年になっても常にそういう状況になってしまう場合を指すものであります。
<犬飼委員>
私はそう認識しない。「指導力不足教員」と「指導が不適切な教員」は違うと思う。例えば、・・・・・・(先日見た授業風景について触れて)・・・・、あれは「指導が不適切」なんだと思う。
事務局)
法律改正で「不適切」を使っているので、平成13年にすでに作った要項の中の用語もそれに合わせたまでです。
<石川委員>
あの教員は指導もトップクラスの教員だ。あの教員でさえ一時間の授業の中では指導が不適切になることもある、ということだ。今回の「指導が不適切な教員」はそういうのではない。この制度は必要だ。ただ、教師集団は支え合いでやっているが、教員同士も保護者も、校長もよくわかっているのだ。認定の仕方をよほど慎重にされたい。また、認定解除の時の校長を関わらせるなどして現場の声も吸い上げておかないといけないと思う。
事務局)
認定時は本人や同僚の声も聞く予定です。研修時、後半は学校に戻しての研修も入っています。
<松居委員>
第2条の2項に、「精神疾患その他の疾病等以外の理由により」と認定時に精神疾患などは除外する文言があるが、認定しておいて、後で精神疾患だった、ということになったら損害賠償になる。精神の関係はカウンセラーの判断も人によって変わるし、本人の自覚はないし、難しい。どの時点で、誰が、判断するのか、きちんと決めないと危ない。むしろ、何も書かずに「指導が不適切」という大枠で行った方がよい面もあるかと思うが・・・・。
事務局)
今まで使ってきた要項でも「病気等以外の理由で」と書いてあります。判定委員会の中には精神科医もアドバイザーとして入ってもらい、精神疾患のおそれがあれば、判定を保留するなどします。病気であれば、もちろん病気を治す方に専念してもらいます。
<松居委員>
指導が不適切な教員の中に、近頃は年配の教員も多くいて、昔はいい教員だったのに、うまく対応できない、という場合も出てきている。保護者や子どもの変化などにも理由があり、また、グレーゾーンの人も拡大している。そして、精神科医の判断もグレーなことをよくわきまえておかないといけない。
<犬飼委員>
年配の先生、小学校などでは体育の授業で笛を吹くだけで跳び箱もでんぐり返りも何も見せてやれない先生がたくさんいる。あれこそは「指導が不適切な」教員ではないのか。教育委員会は何もしないつもりか。
事務局)
加齢に伴うのであって、そこは指導方法の研修を積むことでカバーさせたい。
<犬飼委員>
研修なんかですむはずがない。県教委の落ち度ではないか。
事務局)
指導力は自分ができることとは別です。
<犬飼委員>
そんなの理屈でしかない。やって、見せないとだめだ。
事務局)
子どもの運動量をどう増やしていくか、こそが体育の目的であり、教師が動けるかどうか、ではありません。
<犬飼委員>
やって、見せる、それにつきるのだ。
事務局)
自分が手本をできなくても、子どもにやらせればよいのだと思います。
<石川委員>
1人の教師が何でも落ちなくやる、というのは難しい。それに、教委も特別配置などで対応している面もあるでしょ。
<犬飼委員>
そんなのは家庭科の先生などに対してであって、体育に対しては微々たるもの。自分は「指導力」について、今問題になっているから、言っているのだ。
事務局)
今度から特別選考枠で体育の得意な人の採用も準備しましたので・・・。
<石川委員>
犬飼委員が言っているような先生は、今日問題にしている「指導が不適切」な教員とは違います、と事務局が言えばいいんだ。
<犬飼委員>
でも体育の科目においては、やはり指導力不足でしょ。何で、それはよし、としてしまうのか?!
<松居委員>
先生の人格としては、OKなんだから、よし、とするしかないのではないか。学校というシステムはそういうものだ。
<犬飼委員>
でも、それでいいんですか!?
<石川委員>
「指導が不適切な教員」とは、いくら研修やってもレベルアップもしない、いつも指導がうまくいかない、そういう教員を指すんである。
<松居委員>
子どもをまとめることができるか否か、ということが基準でしょう。
<高橋教育委員長>
スキル面と人間関係力の2点が問われるわけだが、後者は今までの研修で有効なのだろうか?また、従来の判定委員会にさらに法改正をふまえ、保護者も入れるのか?
事務局)
研修の中に社会(福祉?)施設体験なども重点的に入れてます。従来の県教委幹部、弁護士、医師のほかに保護者も、そして退職教員なども入れる予定です。
<高橋教育委員長>
では、可決してもよろしいですか?
教育委員さん)
はい。
(はいと声を出したのはお一人だけで、あとの方は声は出ませんでした。それほどなんか、みな吹っ切れないものを抱えたまま、でも可決は仕方ないでしょ、みたいな感じで可決した、という雰囲気でした。:藤本)

藤本感想)
今日は事務局も、委員の意見に対し、うまくかわす、という態度でなく、真正面からよく答えた、と拝見しました。
犬飼委員の意見はその通りですが、体育を重視するとすれば、さいたま市のように市町村教委の単独加算で補充してください、というのが今までの県教委の姿勢です。
「今のうちに若い教員を増やしたい。」は、私の市議時代からずっと主張してきたことであり、また、県議会一期目の選挙時の公約でもありました。そして、奇しくも、犬飼委員指摘の通りの漫画(小学校での年配の先生の体育の授業風景)をビラにして、訴えましたが、県教委も知事も、国の決めた定数以上には増やさない、すなわち、国庫負担なしでも教員を雇う気はないという姿勢でしたし、今もその姿勢です。県独自で増やす気はないのです。前倒しで採用することも拒否しました。そして、もう黙っていても若い教員だらけになる時代になります。犬飼委員の憤懣はわかりますが、きっと、この態度は変わらないでしょう。また、今日話題になっている「指導が不適切」とはそういうものではないということも実は皆わかっているものと思います。
さて、今日は「指導が不適切」「認定」「認定解除」などの基準を論議したわけですが、基準を作ってしまうと、それに寄りかかって、自分の頭で、自分の腹で考えなくなる傾向がある、ということを今回の議会の一般質問の「あったかい学校を取り戻すために 〜2つの事件から教育における責任と埼玉教育のとるべき道を考える〜」で問うたつもりでした。(あまりうまく伝わりませんでしたが)
実際の現場や事例と、机上で作った基準は時にうまく当てはまらないときが起こるかもしれません。そんなときに、責任ある立場の人々は、ぜひ、「基準があるから」とか「立場上しかたがないから」という言い訳で、自分の本心を伏せることのないように、基準に無理矢理合わせて処分することのないように、お願いしたいものだと感じました。基準も判断も、全ては責任ある人々が、今、改正もできるし、判断もできるのですから。


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