農林フェスタで聞いたこと
カワウについて
カワウは昔は東京湾に住んでいた。それが、湾の埋め立て、干拓で浜離宮、上野の恩賜公園(不忍池)などに移り住むことになった。湾が埋め立てられると海の深さが深くなる。深くなると魚も深くまで逃げることができる。カワウは水にもぐって魚を追っかけて採るのだが、それほど深くは潜れない。そこで、浅い瀬のあるところへ移って、上野や浜離宮に住むことになったのだ。しかし、そこでも木々が糞の被害にあって白く染まってしまうので、駆除がされ、遂に埼玉県へと渡ってきたのだという。そのうちに記念物になって保護対象になり、今も勝手に漁をしてしまうことはできない。カワウの困ったところは一日に500グラムの魚を食べるというところだ。無尽蔵の腹を持ったカワウたちはたのとりとちがって、小魚たちを食べつくしてしまうのだ。小魚たちは放流されたあと、少しの間、集団で水の流れの少ないよどみにいる。そこを急襲され集団がやってきて食べつくす。放流されたばかりの魚にとどまらず、少し成長した魚もやられてしまい、あとには全く魚のいない川だけが残る、という状態である。
そこまで話を聞いて、「でも誰が困っているのか? 漁業で生計を立てている人は埼玉県内に1人か2人しかいないと聞いたが?」と伺った。曰く、確かに魚をとって生活している人はそれくらいしかいない。けれど、魚がいない状態の川というもの自体が異常な環境なのだ。生物がすむ河川を復活させなければいけないから、猟の許可をとって、(鉄砲で撃つのではなく、魚釣りの要領で釣るのだそうだ。糸をちぎって巣に逃げたカワウは、仲間に『あそこは危ない。』と教えて、二度と来なくなるのだそうだ。))こうやって対策を講じているのだ、と。
そこからさらに川の漁民のことに話が移った。漁業組合は存在して、その人たちは普段は別の仕事をしている。時々入漁量をとりに回ってくる人たちは業業組合の人で、この入漁料の3分の2のお金を放流魚に当てて、川に魚がいる状態を維持しているのだという。県内のカワで魚が生活でき、水が豊かな場所は多くが入漁料金を取る地域に指定され、それを持って河川環境維持に当てている、ということなのだ。
カワウ対策について
タマしゃもについて
20年くらい前、県の研究センターが軍鶏と大軍鶏を掛け合わせて作った品種が埼玉の軍鶏、タマ軍鶏だ。 だけど、大軍鶏とも肉質が違い、結局市場には広がらずにいたのであった。しかし、お話を聞いた方たちがタマ軍鶏の存在を知って、その業界に参入した。一人の方はコックだったので、食べ方が今までは開発されていなかったから広まらなかったことを悟り、食べ方自体を広め、同時にタマ軍鶏を売っていく方法をとってきたという。
タマ軍鶏農場のホームページ
サトイモに関しての質問から
入間のサトイモ、と冠して宣伝しているので、「入間じゃなくて所沢のサトイモでしょ。上品でおいしいのは、それがブランドでしょ。」といった。それには返事をもらえなかったが、とにかく所沢入間地区のサトイモは、違うのだという。何が違うって、土がよい、のだそうだ。おなじ苗? を買ってきても、土が違えば形も大きさも変わってしまう。所沢の土は、いい形の、しかも大きいサトイモを育ててくれる大地なのだ。
でもりもり、昼前からは日本文化を満喫した一日だった。
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