コミュニティースクールについて
今日は代々木に文部科学省主催の講習会に参加した。
「コミュニティースクール推進のための研究発表会」のような会であった。
法を改正して、国はコミュニティースクールを作れるようにした。
今は、モデル指定をしてその学校には加配教員をおいて推進しようとしている段階。
しかし、まだ指定済み校が全国でも38校で検討中が200校くらい。
なかなか思うようには進まない。
コミュニティースクールは「地域立学校」のようなもので、教員人事、教育方針、に対し
学校運営協議会が承認したり、意見を言ったりできる制度。
学校運営協議会はメンバーの指定はないが、実践校では校長、保護者代表、地域の
代表、卒業生、公募委員などが挙げられた。
学校の運営は、国は手を引き、口出さず、地方、そして、税を払う納税者にゆだねてい
くのだそうだ。
納税者が学校運営に参画するのは、「理」なのだそうだ。
そこまでいうのか!
ルビコン川をもう渡ってしまった、とも表現されていた。
実践発表では、地域に開き、地域の学校となり、地域の人々を活用し、地域の人々が
学校運営にさまざまな形で参画し、ゆくゆくは学校自体が地域のために何かをしていく、
というのが理想のような形である、という発表が多かった。
開かれた学校、である。
しかし、そんなに地域に開かなければ今の学校はだめなのだろうか?
私の疑問は…
今の学校の現状はそこまでしなければ、もう良くならないのか。それほどそのことが喫緊
なのかであった。
だって、教員がそれぞれ教育力を持ち、地域の情報は発信し、個別の行き違いは校長
や教育委員会が対応し、子どもや教師が元気な学校ならば、それでいいと思うからだ。
その基本を達成するのに、「開く」ことがそれほど必要なのかが引っかかるのだった。
今日も、そのことを質問してみたが、発表者の方々は、「わからない」という答えであった。
あまりの率直さにびっくりしたが、何もコミュニティースクールという制度にしなくても地域に
開いてみんなで学校を支えようという学校理解ができればそれでいいのだ、ということをい
われた。今でもそれができているところは何も必要ないだろうし、今にも必要な学校もきっ
とあるだろう。
むしろ、文部科学省が全校をそうする、とする方が危険である、という意見も伺った。
今日は、自分では、結論、はでなかった。
確かに、理屈としても地域と協力態勢を取れることは重要である。
子どもにとっていい学校、それが目的であり、そのための手段をどうするかの一つに
「コミュニティースクール」もあれば、単なる、「開かれた学校」もある、ということなのだろう。
そう理解して、今日は思考を止めることにしたい。
なお、文科省によると
「今後コミュニティースクールの制度が続くかどうかも、まだわからない。」
のだという。

|